久しぶりに妻と昼に回転寿司でも食べようと言うことになって、それも食事券が2千円分手に入いったこともあってのことなので、行く気になったんでございますがねえ。 朝飯もろくに食べなかったので、少し早めであったが、車に乗ってそれほど遠くまで距離があるわけではないが、自転車では少し遠いいくらいで、街道をいくと両側の街路樹に「かえで」が植えてありましてねえ、それがいま最盛期に紅葉していましてねえ。 「もみじ」と違って紅葉していく様子がとても色とりどりになって、そのさまが、緑からだんだんと黄色になって、その黄色から徐々に赤くなっていくさまが一本一本にそのような変化していっている様子がとても魅せられますねえ。 夜のイルミネーションがきれいと言いますがねえ、昼の街路樹のかえでの紅葉もそれに劣らぬ「みばえ」でございます、妻がマア綺麗と声を上げるぐらいに、青い晴天の空に一段とさえて鮮やかでございますねえ。 車で何時もいっていた店に着きまして、さっそく注文しましてねえ、いまはタッチパネル方式で注文ですから便利になりましたねえ、作りたてのを食べられるようになりましたから、以前は同じものがぐるぐる回って、誰も手お出さなくなって、表面が乾いて新鮮さがなくなっていたりしたものもあったりしましてね、そんなことがないようにするためにいろいろお店も苦労しているのでございましょうね。 しかし、10年ぐらい前の時と比べるとネタもご飯も大きさが半分ぐらいになってしまっていましたねえ、ここ半年ぐらい来なかったんですが、さらに小さくネタもご飯もなっていましたねえ。外食産業も斜陽化の時を迎えてきているのでございますねえ。 お客も前は、昼時はたいがい大勢お客が入っていましたのに半分ぐらいしか入っていませんですねえ。時代がなにか変化をさせずには置かないといっているようでございます。 何時も平和で安穏ならば問題がないのですがねえ、そうはいかないのが自然の摂理とでも言うのでしょうか、変化をしいられるのでございますねえ、それはあらゆるものがそうなのでございますねえ。 地球も止まることはありませんしねえ、人間も年を取らないことはないしねえ、産業も開発しなければ、売れませんから、新商品を出し続けなければなりません、とどまることを許されないのがこの世の宿命でございますねえ。 人間にとって善の向上にするか、悪の後退になってしまうのか、それは今、何を判断基準にして行動しているかで、未来も決まってきますねえ。 聖人がいいました「未来の果を知らんと欲せば、現在の因をみよ」と。 正しい判断とは、人に優しく励ましあえる、善の行動で朗らかに皆が生きられるその方向に、一人一人が向って精進していくことが未来も明るい時代になっていくと思うのでございますがねえ。 国と国と言う基準ではなくして、皆同じ人間と言う次元で考えることが正しい方向だと思いますねえ。これからの不況を国家主義に陥らないことが、一番の大切なことでございませんかねえ。
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